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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [7]




「四人がかりとは、卑怯だな」
「なんだ?」
 一人がかったるそうに視線を投げる。
「どこの誰だか知らんが、お前にはカンケーない。引っ込んでろ」
 その言葉と共に右腕を振り上げ、だがあっけなく聡に交わされる。勢いに任せて突っ込んだため、そのまま後方へ。
「引っ込むのはお前だ」
 無様に向けられた尻を蹴飛ばし、相手は無残に地面を舐める。
「なっ!」
 仲間の醜態に目を見開き、殺気立つ周囲。次ぎに動くのは誰なのか? そんな雰囲気の中に、掠れた声が呟かれる。
「金本」
 声に一瞬だけ視線を投げ、蔦康煕を背後に庇うようにして残り三人と対峙する。ジリジリと二人を取り囲むようにして間合いを取る三人。だが、そのうちの誰かが動く前に、倒れた一人が鋭い声を発する。
「お前、四組の金本かっ?」
「だから何だ?」
 短く答える。その言葉に、もう一人が眉をしかめた。
「金本?」
 そうして今度は軽く瞠目。
「ひょっとして、一年の金本って女の兄貴か」
 一年の金本。女。
 緩の事か?
 仲間の言葉に、今度は残り二人も目を見開く。
「金本」
 動揺したように呟く周囲に困惑しつつ、だが構えは解かない。一方、聡と対峙していた三人と、ようやく起き上がった一人は半ば気圧(けお)されるようにやや身を引く。
 一人が、半歩下がる。
「金本って言やぁ、副会長の下っ端だ」
 一人がピクリと眉を動かす。
「金本? あぁ、あのチビか。だがアイツは廿楽先輩の方だろう? 今の副会長からは敬遠されているらしい」
「でも、それはカモフラージュだって話も聞く。敬遠されていると見せかけて、実は内偵として校内を探ってるとかって」
「探ってる?」
「新しい生徒会に対しての反乱分子がいないかどうかってね」
「っだよ?」
 堪らず聡が口を挟む。
「何ブツブツ言ってんだ?」
 ギロリと睨みつける聡の視線に、起き上がった一人がチッと舌を打つ。
「どのみち、相手が悪い」
 悔しそうに呟き、周囲の三人に右手で合図。そうして自分も一歩下がり、これで終わりだと思うなよ などというありがちな捨て台詞を吐きながら、最後は背を向け足早に去っていった。
 四人ともの姿が見えなくなって、聡はようやく構えを解く。
 正直、勝てる気はしなかった。
 空手をかじっているとはいえ、相手は四人だ。打ちのめそうなどとは思っていなかった。ただ、隙をつくって蔦康煕を救い出すことができればそれでよいと思っていた。
 そうだ、蔦っ!
 振り返る先で、蔦が校舎の壁に寄りかかるようにして立ち上がる。
「大丈夫か?」
 聡の問いかけに、ハハッと笑ってみせる蔦。
「心配するな。大したことねぇよ」
 言いながら制服の汚れを叩き落し、わき腹辺りを軽く押さえる。蹴られたのだろうか? 殴られたのだろうか?
「あいつら、何だ?」
 だが蔦は、それには答えず、ただ痛みに耐えるようにして呼吸を整える。そんな姿に質問を重ねるのは悪いだろうと口を閉ざし、代わりに聡は、先ほどの会話を頭の中で反芻してみる。

「涼木なんて、お前には贅沢なんだよっ」

「涼木?」
 無意識に呟く。そうして、ようやく落ち着いてきた蔦を見下ろした。聡を見上げる視線が、自嘲気味に笑っている。
 少し垂れた、見方によっては狡猾そうなその瞳が、情けなく揺れた。
「どこから聞いてた?」
「あっ いや、ほとんど聞いてない」
「そうか」
 蔦は俯き、ガシガシと後頭部を掻く。
「大丈夫か? ひょっとして、こんな事がしょっちゅう?」
「いや」
 蔦は聡の言葉を強引に遮り、片手でも制する。
「こんな事は初めてだ」
 そうして喉からクククッと、下卑たような声を出す。
「唐渓の生徒は頭がいい。手を出したり、停学や退学の対象になるような行為は滅多にはしないよ」
 頭がいい―――
 その意味を理解し、胸の辺りに気持ち悪さを感じる聡。吐き出すように声を荒げる。
「じゃあ、これはいったいっ!」
「よっぽど溜まってたんだろうな」
「溜まってた?」
 首の力を抜き、項垂れるようにして上目使いに聡を見る。
「あぁ」
「溜まってたって、何が?」
「俺に対する鬱憤、みたいなモンか?」
 疑問形で問いかけられたって、聡にはどうにも答えようがない。
 わかるように説明しろよと言いたげな視線に、蔦は困ったような、どことなく冷めたような表情を見せた。
「ツバサは、結構男子に人気があるんだ」
「そ…」
 それが何か? と言いかけて、聡はそのまま口を半開き。

「涼木なんて、お前には贅沢なんだよっ」

「真っ先にお前に飛び掛ってったヤツがいただろ? アイツ、中学の頃からツバサの事を…… さ」
 口元を歪めて無理に笑顔を作り、瞳を閉じる。後ろ手で、寄りかかる校舎の壁を軽く撫でる。
「俺は高校から唐渓だからさ。ヤツらから見たら新参者だ。唐渓の中では家柄も所詮は中産階級だし、華やかな後ろ盾みたいなモンもない。姉貴が多いから年上に知り合いは何人かいるけどな。そんなヤツにツバサを横取りされた気分なんだろう」
 身分の低い人間に、好きな異性を横取りされた気分。そんなところなのだろうか?
 先ほどの、立ち去った男子生徒の台詞を思い返す。

「金本って言やぁ、副会長の下っ端だ」

 権力がモノを言う世界。
 緩に――― 助けられたって言うのかよ?
「っ!」
 そんなの、認めたくないっ!
 湧き上がる憤りに思わず拳を作る。そうして校舎を一発殴ろうとして、寸でで止めた。
「それにしたって、滅多に手も足も出さないヤツらが、どうしてこんな? 鬱憤が溜まってたって、何がその鬱憤とやらを爆発させたんだ?」
「それは……」
 蔦は目を見開き、だが聡とは合わせずに辺りを彷徨わせる。そうして、まるで何かを思い出すかのようにぼんやりと口を開いた。
「俺、九月の終わりにツバサと喧嘩しただろう?」
「喧嘩?」
 わけがわからないという表情の聡に、蔦は苦笑する。
「知らないか。校内でも結構噂になったんだぜ」
「あぁ、悪い、知らない」
「お前らしいな」







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